あきんどブログ記

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これからのまちづくり

「これからのまちづくりを提言」
 現状と今後の予測踏まえ講演会
 人口も車も減少続き
 望ましいのは歩いて暮らせるまち
 市中心市街地活性化協議会と、まちの情報館主催の「まちづくり講演会」が十七日、東急ホテルで開かれ、秋山哲男・前首都大学東京都市環境学部教授が「グランドデザインと中心市街地活性化」のテーマで基調講演。続いて藻谷浩介・日本政策投資銀行地域振興グループ参事役が「人口とエリアマネージメント」、同銀行に出向中の永井伸・西日本鉄道都市開発事業本部が「沼津市及び周辺の人口動向」、上村章文・建設業技術者センター常務理事が「都市の構造変化と中心市街地活性化」と題して話した後、四人によるシンポジウム「沼津市の中心市街地のエリアマネジメント」に入った。
 基調講演で、沼津駅北口駅前広場の設計に携わった秋山氏は「全国でも有数のデザイン」だとしたのに続いて「日本は欧米の都市と逆のことをやっている」と日本の多くの都市づくりの意味が分からない、と指摘。
 地方は車に依存し、郊外に大型店が多くなるため都市の拡散が起きる。それを防ぐためのコンパクトシティ、都心部に公共施設や住宅を設けるトランジット・ビレッジ、都心部と郊外を公共交通で結び、コンパクトに基盤整備することが重要だと説いた。
 都市のグランドデザインとは、分野を総合的に、国際的な日本の動きを考え、広域から街区まで、歴史から地形まで考えることだと説明。世界の変化が沼津にも影響し、日本の変化が沼津にも同様に起き、中心市街地が崩壊に向かっている、とした。
 人口減少と少子高齢化が進むため内需拡大は無理で、日本の人口が二〇四六年に一億人を割り、五〇年に労働人口が現在の三分の二近くとなり、五五年には高齢化率が四〇%を超えることを示した。
 中心市街地に魅力ある店舗がなく、まちづくりができない理由としては、消費者のニーズに対応できずライフスタイルに合致しない店舗構えと、賃貸化と相続による土地の細分化を挙げた。
 沼津市の商業とまちづくりについては、歴史的歩みから解説。北条早雲の興国寺城、水野忠友によって沼津城が築かれ、城下町から宿場町、港町、商業地に。東海道線開通、御用邸造営があり、江戸から明治期の基盤をベースにしているという。
 また、日本の交通は海外に比べて半世紀遅れ、通勤通学だけでも十三万人が沼津市内を移動していることから、交通全体の計画を見直し中心市街地に歩行空間を設け、バス交通を再編、自転車道を整備すると同時に自動車を抑制する必要性を指摘した。
 そのうえで、沼津の公共交通は採算性だけで路線が決められ、市民にとって利便性あるものになっていないとし、「公共交通を今の二倍程に増やしたらいい」と提言する一方、「イベントは、いくらやっても体力はつかない」と抑制を求めた。
 続いて藻谷氏。開口一番、「沼津駅前にイーラdeを造っている頃、『日本人は、そんなものを望んでいない』と多くの助言をしたにもかかわらず、時代を把握していなかった」と行政を批判。
 「日本で最も住みたいまち」と言われる東京都吉祥寺の商店街を写真で示し、「昭和四十年代の街並みをそのままに、建物の内容を変えただけで、通りは狭く、車は通れるのに通らない」と、現在のまちづくりのあり方を示唆。
 七十歳代は六十歳代よりも、六十歳代は五十歳代よりも車が好きだが、高齢化で自家用車で移動する人が減り始め、十年前に比べて五%減少している反面、バス、電車での移動が増加していることを示した。
 バブル崩壊後も商業売り上げは増え続けたものの、一九九八年をピークに減り続けていること、沼津都市圏(沼津、三島、裾野市、長泉、清水、函南町)では売り場面積が一五万平方㍍程増えているが、売り上げは減り続けていて、中でも沼津市の落ち込みは激しいと指摘。
 沼津都市圏も首都圏もゼロ歳から十四歳の子ども人口と、十五歳から六十四歳の労働人口が減っている反面、六十五歳以上の高齢者は増加の一途。「高層ビルを建て商業施設を入れる時代は去り、エレベーターに乗らなくても暮らせる二、三階建ての商店街が求められている」と藻谷氏。
 戦後日本の常識だった土地本位制は終焉を迎え、資源だった空き地は、いつまでも空き地のままで、投資先だった土地は含み損の塊となり、地価は長期的にはゼロになっていく、と説き、これからのまちづくりは、歩いて暮らせること、中心地にコンパクトに都市機能を集約することが重要で、東海道の要衝だった沼津に戻すためには「未開発地の保全と建物高さの制限」「街路上下水道の建設・運営コスト計算が必要」だとした。
(沼朝平成22年12月24日号)

…復活の可能性高い沼津市
 まちづくり講演会で数値挙げ説明
 コンパクトシティを推進
 求められる都心の再構築
 まちづくり講演会で、「沼津市および周の人口動向」をテーマに話した永井伸さん(日本政策投資銀行)は、一九七五年、九五年、二〇〇五年の沼津市を中心とする「住む人」「働く人」などの分布と推移、また静岡市、浜松市、富士市と比較して説明した。
 三園橋交差点東側を中心とする三㌔四方の市中心部の人口分布を見ると、七五年が約六・七一万人、九五年が五・四八万人、〇五年が五・二七万人と、この三十年間で約一・四四万人(二一・四%)減少。
 九一年と〇六年で「働く人」の分布を見ると、市役所周辺(一㌔平方当たり)は約一・一八万人だったのが約○・八九万人に、駅南商店街地区(同)は一・四〇万人が一・〇六万人と、共に激減している。
 また、中心市街地(三㌔四方圏内)の「住む人」「働く人」を沼津、静岡、浜松、富士で比較すると、〇五年の「住む人」は沼津五・二七万人、静岡七・五五万人、浜松六・一九万人、富士三・八六万人。〇六年の「働く人」は沼津四・四五万人、静岡一〇・二七万人、浜松六・五四万人、富士三・一四万人。
 沼津は中心市街地の「住む人」「働く人」は減っているものの、今でも人口密度は昼も夜も高いことから、永井さんは復活の「可能性が高い」と指摘する。
 続いて「都市の構造変化と中心市街地活性化」と題して話した上村章文さん(建設業技術者センター常務理事)は、沼津駅南口の中心市街地で生まれ、東高から東大法学部に進み、自治省(現総務省)で地方自治や危機管理、情報化、まちづくりなどを研究している。
 上村さんは「中心市街地で育ったので沼津市の変遷を知っているというか、変遷していないというか」と話し始め、国内では五年間に五百万人、率で六%の生産年齢人口が減少する反面、六十五歳以上の高齢者が四百万人、率で一五%増加するという「二〇一二年問題」に言及。
 都市中心部建物の老朽化と所有者の郊外居住によって商業施設が閉店し、都市が廃墟化する問題を指摘し、老朽化した建物を除去する人がいなくなった場合、行政がどうするのかと投げ掛けた。
 上村さんは「沼津駅南口前はイーラdeが変わっただけで、小学校の頃と変わらない」と、沼津駅南口から見た現在の建物群を写真で示し、四十五年程前を振り返った。
 また、管理放棄住宅の増加と要支援住民に関するマネジメントの希薄化が起きているとし、管理放棄住宅の増加は経済成長期に建てられた住宅の老朽化、居住者の福祉施設や家族宅への転居、所有者の高齢化による建て替え意欲の喪失が原因だとした。
 さらに、公共施設の耐震化は議論されているが民間施設にはないとし、災害時の支援体制を憂慮。支援する若者がまちから消え、要支援者とのバランスが崩れ、支援システムが崩壊すると危惧。
 住民の共生型支援システムとコミュニティ基盤の崩壊は、都市の分散化や人口構造の変化によって自立可能な市街地の喪失を招き、都市の基礎体力低下につながるという。
 都市の再生はコンパクトシティを推進することだとし、郊外の住宅開発や道路整備、公共施設の分散化、商業施設の郊外立地をやめ、中心市街地への住宅・商業施設の再集積、公共交通の整備などを挙げた。
(沼朝平成22年12月25日


高架後に衰退した都市も
 まちづくり講演会 沼津への期待と不安と
 アーケード名店街に可能性
 警告無視した結果がイーラde
 まちづくり講演会で、四人の講師によるシンポジウム「沼津市の中心市街地のエリアマネジメント」に入る前、司会役の秋山哲男さん(前首都大学東京教授)は、講師が話した内容に関する質問を受け付け、会場からは「区画整理とLRTの関連付け」「沼津の空き店舗対策」「まちづくりへの行政の支援」「中心市街地から住む人と働く人が減った原因は」などがあった。
 空き店舗対策について藻谷浩介さん(日本政策投資銀行地域振興グループ参事役)は「仲見世商店街を見続けているが七、八年前に比べて空き店舗が増加している。家賃が高止まりしている所は空き店舗が増える。沼津は家賃が高い。アーケード名店街は家賃を下げたことから空き店舗が減っている」と家賃を原因に挙げた。
 仲見世は地権関係が複雑、だとした上で、「行政による家賃補償はやめた方がいい。借り手に補助するようで家主に入ってしまう」。上村章文さん(建設業技術者センター常務理事)は「テナント側のニーズが何なのかを把握しなければならない。
賃料に見合う魅力がないからなのか」。
 秋山さんは、商店街を造る時のグランドデザインがないこと、所有権と利用権の位置付けを考えなければならないこと、商店が個別に経営していて商店街としての統一感がないことを挙げた。
 中心市街地からの住む人と働く人の減少理由について秋山さんは、人間と建物の新陳代謝が進まないことを挙げ、建物の更新が進まないのは投資を回収できないからだ、と分析。
 上村さんは、商店主が郊外に住むようになったことが衰退の原因だとし、「そこに住んでいないから街のことが分からない。高齢化によって意欲が減退している。昭和四十年代前後に建った建物がどうなるのか、沼津は待ったなし」だと指摘。
 秋山さんは、都市の廃墟を初めて目にしたのは一九八〇年代の英国のニュータウンだと紹介。江戸時代、江戸の町は一㌶当たり六百人が住んでいて、火災が現在の七倍ほど発生し、再建のために投資が起きたという。
 一方、沼津については「地震が来るまで建て替えるのをやめようというのか。廃墟化まで考えないし、住みやすいから真剣にならないのでは。各商店主が別々の方向を見ているのではないか」。
 永井伸さん(西日本鉄道都市開発事業部から日本政策投資銀行に出向中)は、エリアマネジメントの前に中心市街地の人口を保つこと、集めることが必要で、「お得感」「公共施設」「あればうれしい施設」がなければ中心地に人は移らないとし、良質の住環境が必要だとした。
 藻谷さんは、建物と経営方針の統一性を挙げ、「市内に成功例を作ることが重要。しかも中心市街地に商店主が住んでいてコミュニティがある所がいい」とアーケード名店街の可能性を示唆。
 秋山さんは、グランドデザインの重要性を重ねて指摘。浜松市は地下道、オーバーパスを取り入れたスウェーデンのまちづくりをまねたものだとした上で、「(旧)建設省の悪弊を残した開発計画が太平洋ベルト地帯に造られた」と振り返った。
 また、グランドデザインなき都市はダメになるとし、まずは中心市街地の人口密度を高めること。そのためのエリアマネジメントが必要で、「統一感を創ることが基本中の基本」だと説いた。
 「まちづくりに対する行政の支援」について秋山さんは、自治体は財政的に難しく、必要なものに予算を出せないことを指摘し、財政面におけるマネジメントについて三人に尋ねた。
 上村さんは、個人資産が増えるものには税金は使えない、というルールがあることを紹介したうえで、「公共施設は耐震化に税金を使っている。公共的商業施設に税金を使ってもらえるよう、そこにパブリックスペースや交流施設を設けて開放するなどして税金を求める方法もあるのでは」と助言。
 これに対し藻谷さんな「沼津の現状を考えると、やらないだろう。どの地区に道路と上下水道の費用をどれだけ投入しているかを計算すること。採算が取れている再開発なら固定資産税で回収できる。そういう所に投資すればいい」と指摘。
 秋山さんは区画整理について、土地の減歩で税金が入ってこないこと、経済が右肩上がりの時でなければならないこと、道路を過剰に造りすぎることなどを挙げ、「区画整理を縮小すべき」だと主張。
 また、「区画整理すれば土地価格が上がり減歩しても損しない、という理論は(今は)成り立たない」とした上で、佐賀県多久市は鉄道高架による多久駅周辺区画整理事業で一時的に立ち退いた商店が戻らず、駅前商店街が衰退したことを紹介。
 永井さんは「沼津は多様性がある」とし、藻谷さんも「東京の自由が丘のようになれる」と期待感を持たせる反面、「浜松を見てくればイーラdeを造らなかったはず。全国の区画整理を何回も見て考えるべきで、見てきただけで分かったようなことを言っているのは傲慢(ごうまん)」だとして、全国の駅前再開発は死屍累々だとの警告に耳を貸さずイーラdeを造った行政を批判。
 上村さんは「アーケード名店街は日本をリードするプロジェクトになる可能性がある。行政に頼らなくても民間でできるようになる。ぜひ成功させたい。そのためには外に向けて情報発信すること」だと助言。
 秋山さんは「元気で頑張っている所は良くなる。元気になるためには個人の資質が良くなければならない」と結んだ。(終)
(沼朝平成22年12月26日号)
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