あきんどブログ記

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大丸断念・浜松市街地再生どこへ

「大丸断念・浜松市街地再生どこへ」上
活性化"切り札"失う

matubisi


 松菱破綻から8年市民の署名実らず
 浜松布中心市街地の活性化策の切り札として期待されていた大手百貨店「大丸」の浜松進出計画が撤回された二十六日、関係者の間には衝撃が走った。かつて、浜松の街の活気を象徴する存在だった旧松菱の破たんから八年を経て、再開発問題は再び振り出しに。歯止めのかからない市街地の地盤沈下に加え、「百年に一度」とされる経済危機に伴う景気低迷という最悪のタイミング。中心部の商業者には"トリプル・ショック"の大打撃になった。
 浜松商店界連盟の御園井宏昌会長(八〇)は「まさかあの大丸が『断念する』なんて。予想だにしなかった」と、がっくりと肩を落とす。昨年十月から市民約一万二千七百人の署名を集め、大丸に早期出店を要請したばかり。
「(署名を受けて)大丸幹部は『ピンチの時こそチャンス』と言ってくれたのに」。家業の自転車店を先代から受け継いで約六十年。ずっと商いを続ける愛着ある街は「今が一番の不景気だ」と人通りがめっきり減った通りを見やった。
 大型店、小規模店を問わずに中心街の商業者で構成する浜松まちなか商業者委員会の石井義勝会長は「(出店断念を)『残念』の一言で語るのはあまりに軽すぎる。皆の期待を大きく背負った構想。ものすごく深刻な問題だ」と受け止める。
 大丸誘致が前提の市街地再生は政令指定都市に生まれ変わった浜松市にとって最重要課題の一つだった。浜松商工会議所
の御室健一郎会頭は「甚だ残念。将来展望は描きづらいが松菱跡地は市にとってランドマーク的位置付け。何とか次の選択肢が早期に示されることを望む」とコメントした。
 一方、二年前に大丸が出店の基本合意をした後も、地元経済界には出店の実現に懐疑的な見方もあった。かねて問題の長期化に懸念を表明していた鈴木修スズキ会長兼社長は「全市民が全力で歓迎する状況でなかったということ。街のど真ん中に"お化け屋敷"があり続けるのは(地域の課題解決能力に欠ける)今の浜松の象徴」と語った。
二十六日夜、市内のホテルで開かれた市議会のある会派の勉強会に出席。「浜松の行く末が心配だ」との市議のあいさつを受けて鈴木会長は「これだけ時間がかかった上、市民が冷や水をぶっかけられたのは逆に(現実を直視する)いいチャンス。議会も、市も、市民も、考え直さないといけない」と奮起を促した。

「このご時世では…」市民落胆、あきらめ
 大丸が浜松市中区の旧松菱跡への出店を断念した二十六日、市民からは落胆の声とともに、跡地の一刻も早い活用を求める意見が相次いだ。
 同区の鍛冶町通りでは地元の三十歳代の夫婦が「やっぱりという感じ。期待していたが、このご時世では無理でしょ」とあきらめ顔。同市南区の水嶋恭子さん(二四)は「跡地は百貨店以外も視野に入れて活用してほしい」と注文した。中心市街地の空洞化を「時代の流れ」という自営業山崎勲さん(五八)=同区=は「仮に大丸が出店しても集客できないだろう」とみる。
 市中心街の商店主らも複雑な思い。千歳町で日本料理店を営む田中均尚さん(五二)は「景気回復の起爆剤として期待していたのに」と残念そう。「行政がもっと積極的に介入を」と語気を強めた。有楽街の薬局副店長鈴木学さん(三四)は「郊外に大型店が進出するたびに影響が出る。跡地を早く何とかしないと中心街は大変なことになる」と危機感を抱いている。
(静新平成21年1月27日「大丸断念上」)

「大丸断念中」
 解約条項の不備問題
 デパート誘致に限界感
 「フォルテは売却数カ月で遠鉄百貨店の増床ビルになると決まった。なぜ松菱は八年もかかって先が見えないんだ」。
 浜松市中心街の旧松菱跡への百貨店大丸の進出構想が消えた二十六日、市内のある商業者は怒気を込めた口調で浜松駅前再開発ビル「フォルテ」と、旧松菱跡地の事業展開のスピード差を挙げた。「全く条件は違うが、同じ駅前の一等地。あまりに遅すぎる」。両ビルは南北にわずか百㍍しか離れていない。
 開発業者アサヒコーポレーション(浜松市)に松菱跡地が売却されたのは二〇〇四年九月。雑貨専門店ロフトを誘致するアサヒ社の案がコンペで選ばれた。当時の松菱跡地再生協議会の関係者は「街のためにーを合言葉に松菱の債権者だった金融機関がまとまってくれた」と述懐する。だが、間もなくロフト案は立ち消えになった。
 当時を振り返り、同市行財政改革推進審議会委員の秋山雅弘アルモニコス社長は「ビジネスでは当たり前なリスク回避策がなく、市はデパート誘致に盲目的に走った」と苦言を呈す。前提が覆った時や事業の遅延に対する解約条項を売却契約に付随させなかったのを「ミスだった」と指摘する地元経済人は多い。
 時間経過に伴いリスクは増し、リーマン・ショックを迎えた。山本良一大丸社長は同市を訪れた二十七日、本紙の取材に「地権者の調整(の不調)が直接の断念の理由ではない。経済環境の激変です」と明言した。県内百貨店幹部は「われわれは装置産業。店舗整備は膨大な金と時間が要る。今は体力が落ち、どこも投資を控えている」と語る。愛媛の今治大丸や横浜松坂屋を閉じたJ・フロントリテイリングに限らず、業界は岐路にある。
 旧松菱に婦人服店を出していた藤田礼子ベルモード会長(浜松市)は「街の"へそ"であり、顔。素晴らしい場所なのに」と廃虚の松菱ビルを見るたび、やるせなくなる。現在静岡、愛知両県に計八店舗を持つが、今の浜松駅前は店を出したい場所がない。
 別の商業者が「"幕引き"まで大丸に泥をかぶってもらった格好で浜松はふがいない」と語る一方、藤田さんは「断念が決まって、古い形のデパートを、というのはこれでおしまい。今の時代にふさわしい次を考えなきゃ」と前向きにとらえようとしている。
(静新平成21年1月28日「大丸断念・中」)

「大丸断念・下」
 行政の関与に限界・意思統一で計画見直し・交錯した再生への願い
 「いろんな感情、しこりがある中、市がどんな関与ができるのか教えてほしい」。二十八日の浜松市定例記者会見。大丸問題への市の対応を問う質問に鈴木康友市長が一瞬、気色ばんだ。
 大丸と地元開発業者アサヒコーポレーションの出店協定が撤回され、地権者間の調整が難航している事態が表面化した昨秋。市に仲介役を期待する地元の声が高まっても、市は「中立の第三者」を貫き、周辺の環境整備に徹した。
 上限五億円の出店補助、規制緩和の特区指定…。浜松駅西側へのビックカメラの進出など市の厚遇制度を活用するケースはあったが、中心市街地活性化の核だったはずの大丸出店はついえた。それでも同市の水谷浩三商工部長は「今後も市が関与しないことに変わりない。今もカギを握っているのは最大地権者のディベロッパー、アサヒ社だ」と話す。
 大丸誘致で一気呵成(かせい)に市街地再生の絵を描く市の狙いがアサヒ社に伝わっていたのか。
 同社の竹内良社長は松菱跡について「専門店や都市型のサービスを提供する商業施設にしたい」と期すが、駅前で手掛ける別の再生事業、旧イトーヨーカドー駅前店のオープンの方が優先課題と言い切る。「(大丸のような)全国的な企業と違って地元企業はここで生きるしかない。松菱の土地は売らず、再生させることが自分たちの存在意義。何度だめになっても挑戦する」と語る。
 一方、大丸問題に消極的な市に対し、中心部の各商店街では商業者が将来構想を自ら模索したり、隣接商店街と共同事業に乗り出す新しい動きも出てきている。
 中心街北部のゆりの木通りの三商店会は昨夏から合同のイメージアップ事業を立ち上げた。事務局の鈴木基生さん(五八)は「商店街の持つポテンシャルが変わる訳ではない」と考えている。別の商店街の古老は「切羽詰まっている中、個々が必死になってきた。こうして自ら立ち上がることが大事だ」とみる。
 鈴木市長は会見で行政の関与に限界があることを強調し、「関係者のみなさんが意思統一を図らないと同じてつを踏む」と厳しい意見を吐いた。大丸進出を前提に国に提示した市中心市街地活性化基本計画は修正せざるを得ない。政令市の「顔」づくりは行政、業者、市民それぞれの意思を統一し、一から見直すことを迫られている。
(浜松総局・木村文陽、杉山渉、河村雅彦が担当しました)
(静新平成21年1月29日「大丸断念下」)


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  1. 2009/01/27(火) 12:45:20|
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